コロナで「走ること」を始めることにした僕。

ランニング

「ランニング」と「ジョギング」って違うの?

調べてみると違うことが分かった。簡単にいうと

・ランニング…追い込んで走る

・ジョギング…健康づくりを目的に無理のないペースで走る

ワイワイ
ワイワイ

だいぶいい加減やな。今日まで意識したことなかったわ。

「じゃあ、自分がしたいのはどっち?」と考えたが、分からない。とりあえず走りたいし、走ってみないと分からない!ということで、走ってみた。

ところで、そもそも、僕はどうして走ろうと思ったのか。

理由は3つある。

①バスケットボールができない。(コロナで接触の避けられないバスケはやりづらい)

②運動ができずに衰え続けるのはイヤ。(能力も体型も)

③走っている人が身近にいる。(いた。)

これまで同僚で走っている人がいて「一緒に走ろう!」みたいになったこともあったけど、バスケがあるから走ることは必要ないと思っていた。走るときはバスケをやめた時かなぁ、とも思っていた。

ところが、強制的にできない状況になってしまった。だから、走ることにした。

おすすめされたランニングアプリ「TATTA」。

ちょうど席が隣の同僚が走っているので、おすすめのランニング記録アプリを教えてもらった。

「TATTA」

大会連動型トレーニングアプリ『TATTA』
マラソン,ランニング,ジョギング,走る仲間のための情報を提供。大会エントリーでは大会情報をガイドし、申し込み・エントリーが可能です。さらに記録結果・写真公開までを一貫してサポート。RUNNETショップ(通販)ではランニンググッズを扱っています。

おすすめされたポイントは「信号待ちで、オートポーズ(自動で計測を停止)してくれる」点だった。タイムを測ったり、GPSでコースを記録してくれたり、1㎞平均のペースを出してくれたりはだいたいどんなアプリでもしてくれる、とのこと。

そして、「初心者は30分走ることを目標にがんばればいいんじゃない?」とアドバイスをもらった。

「TATTA」を使ってみての注意点。

アプリを入れて、週末にさっそく走ってみることにした。記念すべき1回目。家から走り始め、広い公園を走る。走っている人が数名。

うん。しんどい。(時間を見ると22分…)

あと8分もあるやん。もう1周走らなあかん。(絶望)

走り終えて、記録は27分40秒。

距離は…3.2㎞

いやいや、こんだけしんどいのにそれだけ?衰えすぎているのか?落ち込みながら帰路につく。(公園から家まで走る体力はない。)

月曜日、アプリを教えてくれた同僚に報告すると、「友だち登録ができるからしよう」と言ってもらい、登録しあう。友だち登録すると、お互いのログ(時刻、距離、ペースなど)が見れるようになる。

そして、必死に走ったのに3.2㎞しかなかった話をすると、「省電力モードみたいなのにしてなかった?」と聞かれた。確かにしている。そのモードだとGPSがしっかりと働かないらしい。手打ちの修正の仕方も教えてもらい、暫定的に5.5㎞とした。公園内の1周が1㎞(その公園の近所の方がさらに別の同僚で、教えてくれた。)で4周は走ったし、その程度だと考えた。1㎞5分2秒のペースと記録された。

ワイワイ
ワイワイ

記録(ログ)をとる時には、「省電力モード」は解除!

リベンジに燃える2回目。

またまた週末。同じコースを走ろうと決め、走る。「省電力モードでないこと」を確認して走り始める。

前回より終わりがはっきり分かっている分、走りやすかった。けれども、やっぱりしんどかった。残り1周なんかは意地で走っている感じ。なぜ自分は走っているのだろう。そう思った。

記録は30分

距離は6.4㎞

1㎞4分40秒のペース。うん。これ、自分の中ではランニングといっていい。しんどい。ただ、「6㎞も走れているのか。10㎞走れるようになることを目標にしよう」とも思った。

走りたいような、走りたくないような3回目。

週末。天気は悪い。

「あー走りたかったけど、雨や。」なんて妻と会話をする。ところが、夕方に妻が「雨止んだんちゃう。走ってきていいよ。」というありがたいお言葉。(いや、雨が止んだことに気付かずに走らんってことでも全然いいんやで。)

例の「友だち機能」で同僚を見ると…木曜日に走ってるやん!そういえば、はやく帰ってた!

負けず嫌いな僕は走ることにした。

記録は28分で6.21㎞

1㎞4.37ペース。コースは同じ。ほぼ一緒のペースで走れている。これが今の僕の実力なのだろう。しかし、これ以上走れない。「ここまで」と決めた距離で足を止めてしまう。高校の部活動などでの走り方は、決められたコースで自分のタイムや友達との競うというものだったので、「タイムを縮める」ということに意識がいってしまう。

これまでの意識・感覚を変えることは難しい、という感想。でも、まだ始めて数回。これがどう変化していくかも楽しみ。

走ることに対して憂鬱な気持ちになるのは、自分の中で走ることが習慣化されていないからだろう。ただ、それでも走れたのは「一緒に走っている人がいる」からだと思う。それぞれの記録を意識していて、週明けの月曜日にランニングの話をしている時間がとても楽しい。だから、走っているときは苦しくても走れる。

【記録の可視化】

アプリを使って、時間や距離、ペースなど情報が記録(可視化)されます。情報が可視化されることで、自分の走りを客観的に見ることができる。

「初め速いけど、やっぱり後半でペースが落ちているな。」「標高が走りに影響しているな。」など、自然と振り返っている自分がいる。また、仲間と話すときにも具体的な話ができて、盛り上がっている。

これらは、(今のところ)「モチベーションの維持」に役立っているように感じる。

学校現場の視点で考えてみる。

この感覚って、「学習すること」とつながっているよなぁ。もちろん楽しい学習ができれば一番いい。でも、毎回楽しい学習が用意されているわけではない。けど、クラスメイトがいるから、一緒にやれるから、楽しめる(という一面もあるだろうな、と思った。)。

教育の世界では「個別最適化」というワードが広がっていく(いる)だろうけど、この「一緒に進んでいる存在がいるから楽しめる」という感覚は忘れないでいたい。それを今回、再確認できたからよかった。

小学校の体育の学習でも「ジョギング」がある。「持久走」といっているところもあるかもしれない。

ワイワイ
ワイワイ

「マラソン大会」ってあるもんね。

ねらいは「ジョギング」のはずなんだけど、なぜか「ランニング」になってしまいがちな気がしている。「マラソン大会」が無条件に開催されて、保護者が応援にまで来る。否応なしに順位を意識せざるをえない。(大人のレースは自分でエントリーするのが基本ですよね。)

そうなると、「走ること」が嫌いになってしまう子が生まれること想像しやすい。でも、これまであったものがなくなることは難しい。(うちの小学校では、この新型コロナの時期でもこれまでと形を実施された。)

(指導する学習内容が研究会によってつくられた)スタンダードには、きちんと「ジョギング」となっていて、心拍数を測り、運動強度のことも学習できるようになっている。それでも、保護者が見るときには、相対的に見てしまうことは避けられない。

こうして自分が趣味として走ることになり、生涯スポーツの視点で見ることになった。今までやってきたことは、ひょっとしたら運動嫌いな子をつくり、運動から遠ざけてしまってきたという可能性がある、ということは頭においておきたい。これは「ランニング」に限らない。運動を嫌いにならないように授業を考えていきたいと思った。

アカデミック先生は生涯スポーツの視点でたまに発信していた。(けど、これまであまり意識はしていなかった。)

また、自分にはない視点で授業を考えている。

ワイワイ
ワイワイ

まだまだ学ぶべきことは多いなぁ。

というわけで、自分が走ってみることでいろいろなことを考えられた。やっぱり「自分が何かやってみる(始めてみる)」ということは大事だ。

コメント